大学に入ると遷移金属錯体がバリバリに出てきますが、そこで最初の方に出てくるのが結晶場理論です。
いかにもとっきつにくそうな名前で、急に出てきて面食らっている人も多いのではないでしょうか?
しかし、「配位子とd軌道の反発」というポイントをおさえておけば、決して難しいことはありません!
この記事では、結晶場理論で最も重要な「軌道の分裂の考え方」について、基礎的な正八面体錯体から応用的なひずみのある錯体まで解説していきます!
d軌道について復習!
そもそも、結晶場理論ってなんぞやと思っている方も多いでしょう。
結晶場理論は、d金属錯体の電子構造を説明するために使われるモデルです。
d金属錯体を説明するということで、d軌道について知っていることが不可欠となります。
ということで、まずはd軌道についておさらいしておきましょう!
d軌道には、以下のようにdxy軌道、dyz軌道、dzx軌道、dx²-y²軌道、dz²軌道の5つがあります。
図 5つのd軌道
上図を見て、
「そもそもこれらの形って何を表しているの?」
と思う人もいるかもしれませんが、これらは電子密度が高いところを表しています。
例えば、dxy軌道ではx軸とy軸の間に電子がたくさんいるよ~みたいな感覚です。
ここでのポイントは、dxy軌道、dyz軌道、dzx軌道の3つでは2本の座標軸の間に、dx2-dy2軌道とdz2軌道の2つでは座標軸に沿って広がっているということです!
この結晶場理論では、上の3つと下の2つをそれぞれ似たもの同士のグループとして考えておきましょう!
軌道の分裂は配位子(負電荷)とd軌道の反発を考えよ!
正八面体錯体における分裂
さて、まずはd軌道について復習したところで結晶場理論について考えていきましょう!
結晶場理論におけるポイントは、「配位子を負電荷と考え、それらとd軌道の反発を考えること」です!
軌道の電子のマイナスと負電荷(配位子)のマイナスは電気的に反発しますよね?
この理論では、その反発を考えていきます。
では、最初に最も基本的である正八面体錯体についてです。
正八面体錯体には配位子が6個あり、この配位子6個が下図のように各座標軸上に2個ずつ配置されています。
図 正八面体錯体における配位子の配置
配位子の全てが座標軸上に配置されているというところがポイントです!
さて、ここで先ほどのd軌道を思い出してみましょう。
座標軸上に軌道が広がっているd軌道が2つありましたよね?
それは、dx²-dy²軌道とdz²軌道です。
どちらも座標軸上にあって、いかにも電気的に反発しそうですよね?
よって、この2つの軌道のエネルギーが上昇します(エネルギー的に不安定になります)。
一方、それ以外の3つのd軌道(dxy,dyz,dzx軌道)はこの2つの軌道に対して相対的に安定なので、エネルギーが減少します。
したがって、d軌道は下図のように2本のd軌道(これをeg軌道と呼びます)と3本のd軌道(これをt2g軌道と呼びます)に分裂します。
図 正八面体錯体における軌道の分裂
また、egとt2gの間のエネルギー差をΔOとすると、エネルギーの上昇分と下降分が同じになるように、egは3/5ΔO上昇し、t2gは2/5ΔOだけ下降します。
(つまり、(3/5ΔO×2=6/5ΔO)と(2/5ΔO×3=6/5ΔO)です。重心と考えると分かりやすいですね。)
正方ひずみ六配位八面体
さて、基本的な正八面体錯体における軌道の分裂を考えたので、次は少しひずんだ八面体錯体について考えましょう!
「正方ひずみ」というと一見難しそうですが、先と同様に考えればそれほど難しくありません!
ただし、まずはそもそも「正方ひずみ」ってなんだって感じですよね?
錯体によっては、下図のようにある1つの軸(ここではz軸)上に存在する配位子の距離が遠ざかることがあります。
図 正方ひずみ
z軸上にある配位子が無限大に飛ばすと、正方形になりますよね?
だから正方ひずみ(もしくは正方変形)と呼ばれています。
では、z軸上にある配位子が遠ざかったとき、軌道のエネルギーどうなるでしょうか?
お察しの通り、z軸付近に電子を有するd軌道(下付きにzを含む軌道)のエネルギーが低下します。
つまり、dyz、dzx、dz2軌道のエネルギーが低下し、相対的に不安定となるdxy軌道とdx2-y2軌道のエネルギーが上昇します。
したがって、先ほどの正八面体錯体のエネルギー図から変化させると下図のようになります。
図 正方ひずみ八面体錯体における軌道の分裂
このように、ちゃんと理解していればひずんだ場合でも簡単に軌道の分裂を書くことが出来ます!
平面四配位錯体
次に考えるのは、平面四配位錯体です。
先ほどの「正方ひずみ六配位錯体」では、z軸方向の配位子の距離が長くなったとして考えましたよね。
今度の平面四配位錯体は、そのz軸方向の配位子の距離をさらに長くして、そのまま無限遠に飛ばしたと考えればよいです。
それでは、z軸方向の配位子がなくなったとしたときに各d軌道のエネルギーはどうなるでしょうか?
もちろん、z軸付近に軌道を持つd軌道の電子は配位子との反発がなくなるので、z軸付近に軌道を持つd軌道のエネルギーが低下します。
すなわち、dz2軌道、dyz軌道、dzx軌道のエネルギーが低下し、相対的に不安定となるdxy軌道とdx2-dy2軌道のエネルギーが上昇します。
したがって、下図のようになります。
図 平面四配位錯体における軌道の分裂
ここで抑えておいてほしいことは、「dz2軌道とdxy軌道の順位が入れ替わる」ということです!
平面四配位錯体はこれだけ抑えておけばすぐに書くことが出来ますよ。
正四面体錯体における軌道の分裂
最後は、正四面体錯体における軌道の分裂を考えていきましょう!
まずは、この錯体での配位子の配置を確認してください。下図のように4つの頂点にあります。
図 正四面体錯体における配位子の配置
では、このとき軌道の分裂はどのようになるでしょうか?
先ほどの正八面体だと明らかに配位子と2つのd軌道が近接していたので、どのd軌道のエネルギーが上昇するか分かりやすかったですが、正四面体だとパッと見分かりません。
これを見分けるポイントは、「上から見る」ということです!
例としてdzx軌道とdz²軌道それぞれの配位子との相互作用と考えてみましょう!
これらの図からも分かるように、dzx軌道と配位子の距離は0.5(=1/2)であり、dz²軌道と配位子との距離は√2/2です。
つまり、dzx軌道と配位子との距離の方が近いです。
軌道と配位子の距離がより近いほど反発が大きくなって、エネルギーが上昇しますよね?したがって、dzx軌道のエネルギーは上昇します。
同様に考えれば、dxy、dyz、dzx軌道(t2軌道と呼びます)のエネルギーが上昇し、一方でdz2とdx2-y2軌道(e軌道と呼びます)のエネルギーが減少します。
したがって、正四面体における軌道の分裂を描くと下図のようになります!
図 正四面体錯体における軌道の分裂
これを見てわかるように、先ほどの正八面体の場合の分裂と逆になっていますよね?
これをぜひ記憶しておいてください!
正八面体の軌道の分裂は比較的覚えやすいので、「正四面体は正八面体の逆」と覚えておけばすぐに軌道の分裂を書くことが出来るはずです。
ちなみに、正八面体錯体では分裂幅ΔOとしましたが、正四面体錯体ではΔTとします。
というのも、この二つの分裂幅はの大きさは違うからです。
実際、おおよそΔT≒4/9ΔOで、ΔTの方が小さいです。
エネルギーの上昇分と下降分は、先の正八面体錯体と同様に重心として考えれば上図のようになります。
最後に
いかがでしたか?
今回は、結晶場理論において最も重要である軌道の分裂の考え方について解説してきました。
このような軌道の分裂を書くというのは、定期試験や院試で頻出事項です。
しっかりと理解して、自分で書けるようにしましょう!
ぜひ、参考にしてみてくださいね!
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